今日で東京オリンピックが終了という事で、仕事も一段落つき、時間も取れるようになったので、四年ごとの記憶を遡り何をしていたか思い出してみる。

コロナ禍での開催

世界最高レベルの運動神経を持つ人々が人並み外れた努力を重ねたその集大成を見るというのは、確かに人々に感動をもたらすのかもしれない。ただ、その影響で緊急事態宣言が出され、売上減少などの影響を受ける一般市民がないがしろにされていいかというと、そんなことがあって良いはずがない。

選手達は4年に一度のイベントのために命をかけて努力しているのかもしれないが、おそらくコロナで苦しんでいる事業主は、そのビジネスに一生をかけた勝負をしている。一応私もその事業主に含まれる(多分)。

オリンピックは特別だから緊急事態宣言下で市民の生活を制限しても開催するというのは、頭では仕方ないかと理解しても、「なんであいつらだけ特別なんだ」という感情的な部分でわだかまりを持つ部分が多いと思う。もしオリンピックがなければ、四回目の緊急事態宣言もなく、今現在増加している感染者増加もなく、通常通り営業できていたかもしれない。もし、自分が子供を持つ状況で、四回目の緊急事態宣言が原因で店をたたむことになったら、それこそ暴徒と化しているかもしれない。

複雑な状況だが、それでも菅総理も小池東京知事も選挙で選ばれた政治家なので、その決定にはこの国に住む以上は従う必要がある。利害が対立する項目を「えい!」と決めるが政治家の役割な訳だから、コロナ禍での開催というのも一人の国民として受け入れる必要があるというのは理解している。それを前提に四年ごとの思い出を振り替えてみようと思う。

四年ごとの思い出

正直なところ、学生時代はほとんどテレビを見ずに、ネットニュースだけを見る生活で、2009年に就職してからは、テレビなしの生活を送っているので、オリンピックと言ってもほとんど記憶がない。就職してからはネットニュースすらも見なくなった。唯一世の中の出来事との接点は日経新聞であるが、一面から読み始めて、スポーツ情報が出て来る前に紙面を閉じてしまう。

今回のオリンピックは結婚してテレビをもらったので、野球とバレーの日本戦を見た。野球選手はほとんど名前を知らない若い方々が中心で、バレーは言わずもがなであった。坂本選手がまだ第一線で活躍されていたのが、感動的だった。いつの間にか稲葉選手が引退して、監督をされていたとは!

2016年 リオデジャネイロ

何も記憶がない。会社員として勤務しながら、自分のビジネスもしていたので、忙しかったというのもあるが、誰がどんな活躍をしたのか全く記憶にない。野球もやってたのかな。。。

2012年 ロンドン

こちらも何も記憶がない。2012年だと、29歳で会社員でいることが本当に嫌だった時期だと思う。それでも当時は独立しようなどとは思っていなく、時間もある程度はあったはずだから何かは見たのか。

2008年 北京

誰が活躍したかというのは記憶がないが、当時大学院生で、実験ノートに「今日は北京オリンピックの開会式」というメモを残したのだけ記憶にある。

作っていたレーザーの増幅器がうまくどうさせずにどうしようと悩んでいた。

最後に

こうして思い出してみると、オリンピックとは言っても自分は基本的にあまり興味がないんだなという事が分かった。どんなに日本選手が活躍したとはいっても、それで自分の何かが変わるわけでもないし、何かを得ることが出来るわけでもない。選手に勇気をもらいました!感動をありがとう!とは言っても、小学生でもあるまいし、テレビを通じて得られるぐらいの勇気であれば次の日にはすっかり忘れているだろう。避けることが出来ない厳しい現実が待ち受けているわけだから。

自分にとっては、オリンピックもプロ野球観戦などの数多くある商業的イベントの一つにしか過ぎないのだと感じた。ただ、興味がある人からしたら、野球の決勝戦なんかは球場で見たかっただろうし、それは残念だと思う。せめて、未来ある子供達を不自然なぐらい間隔を開けても良いから入れてあげればと強く思った。

大きなイベントが終わり、このような状態でオリンピックを開催した後遺症が具体的な形で顕著に表れてくると思われる。度重なる緊急事態宣言で、大企業のサラリーマンでもなければ、影響はかなり大きいだろう。周りの飲食を経営している友人達を見ていると、日本でなければ暴動やテロが起きてもおかしくないと強く感じる。幸いな事に、私の事業の性質上コロナの影響はほとんどなく、順調に成長を続けているし、私個人としてもやりたいこと粛々と続けている。それでも友人達は、私のような人間にも笑顔で対応してくれる。その姿には、尊敬の念しか出てこない。自分だったらどうにでもなれと自暴自棄になっている。

この先、自分を含む多くの人が先行きが見えない不安感の中でなんとか生きて行かざるを得ないだろう。今回顕著に浮かび上がった行政府の構造的欠陥を見ると、今後この国の発展は絶望的だ。デフレ不況や少子化問題などを抱えながら、抜本的に解決されることなくこのままずるずると衰退していくと思われる。そしてある時限界を迎え、明治維新や終戦直後のような、根本的な改革を迫られたとき、この国はまた発展し始めるのではと感じている。

私のような小さな事業主はほぼ全員同意してくれると思うが、結局自分や家族の身は自分で守るしかなく、困難な状況を打開するのは自分の力だけだというのを実感したと思う。政府の意志決定、特に、飲食店への酒提供を辞めるように金融機関を通じて脅しにかかる様子をみて、いざとなったら政府が助けてくれると政府や為政者を信じる事業主は皆無だろう。

自分はこの国が好きだし、歴史と文化に紐付いた底力も信じているので、おそらく数世代先にはまた輝きを取り戻せると思う。ただ、少なくも自分が生きているあと40年程度は右肩下がりのトレンドを描き続けると思う。その中でどうやって自分のやりたいことを実現し、自分の家族を守っていくか、この先の人生をこの国で過ごすかどうかも含めて、ひたすら考え積極的に行動していかないといけないと感じた東京オリンピックであった。